ナチュラルアスカの家

27年前のこの日は 忘れられられない日です。

STORY

こんにちはアスカ工務店遠藤です。

今日は「1.17」 1995年の1月17日に阪神淡路大震災が起こった日ですね。

昨日、トンガで火山の大噴火が起きましたが、阪神淡路大震災を忘れるなと
自然が言っているようで少しヒンヤリしました。

以前にも同じような記事を書いたかもしれませんが、自分にとっては27年前のこの日は
忘れられられない日です。
もちろん大震災が起こっているのでその震災に関してもそうですが27年前の今日は
丁度、妻のおばあさんが福井県で亡くなり、そのお葬式の前日でした。

当初は新幹線など電車を利用して福井までお葬式に出席するために行くはずでしたが、
地震の影響で大半の電車が運休または大きな遅れを余儀なくされていました。

福井に行くのを断念しようかと思いましたが、妻が自分が小さい時からおばあさんに
とても世話になり優しくもしてもらったのでぜひ、お葬式には出席したいとの事でした。

さて、どうしよう?と考えていても何も解決しないので電車が無理なら自動車で行こうと決めました。
ただ、当時、東名高速道路は全線つながっていないようなので、考えたあげく静岡県を山梨県方面に
登り中央高速道路で、名古屋方面に向かい東海北陸道で福井に向かうことにしました。

もし途中で通行止めにあったら一般道で行こうと思いました。

そして当初は当時まだ2歳ぐらいと思いましたが娘もいっしょに連れていくつもりでしたが、
何があるかわからないので連れて行くのはやめ、私の両親に預けました。

後、心配なのは雪道ですね。
基本的に自分はあまり雪道は走ったことがなく、長距離の雪道はなおさらです。
ただ、当時自分はスキーにたまに行っていて、車も四駆のタイヤはスタッドレスだったので
何とかなるだろうノリで出発しました。

福井までどんな、道筋で進み、どんな様子だったかは、あまり覚えていませんが、今でもはっきり
覚えていることがあります。

それは高速道路を走っているとき、行きも帰りも消防自動車や救急車とすれ違ったり同じ方向に走っている時
サイレンは鳴らしませんでしたが、赤い赤色灯を全車回しながらの走行を見たことです。

それが時には10台以上が続き、何回となくすれ違い、並走しました。

おそらく、日本全国の救急隊が召集かけられ、大地震が起こった関西地域に被災地の救助応援に
向かっているかとは思いますが赤色灯を回すだけの沈黙の行進とその空気感が、
この災害が尋常ではないことを物語っていたと思います。

福井には何とか、無事着くことができ、おばあさんのお葬式に参列することが出来ました。

この時二、三日の工程だと思いますが、今でも高速道路でのある種、異様な光景は鮮明に覚えています。

写真は阪神淡路大震災ではなく東日本大震災時に自分が行って撮った津波の被害の写真です。